【 isto e aquilo 】 答えは知っている…けど…

ウチのスクールにもたくさんの子どもたちが

「巧くなりたいっ!」

と、練馬区のみならず板橋区・杉並区・中野区・豊島区

さらには埼玉県新座市・和光市など広い範囲から通ってくれています。



そんな向上心ある子どもたちに日頃こんな話をしています。




「巧くなりたい!」といって

「巧くなれる人」「巧くなれない人」がいます。

 巧くなれる人ってどんなことしていると思う?」





って、質問すると。。。


子どもたちからこんな回答が。。。

  • 誰よりも一生懸命練習している人
  • 毎日ボール触っている人
  • ごまかさない人
  • きちんとやっている人
  • 手を抜かない人
  • 話をちゃんを聞く人

と、いっぱい答えが返ってくる。


子どもたちの答えは、どれも正解ですね。笑

だけど、



「じゃ、これをやれている人~?」



って聞くと、誰も手を上げない。笑

 子どもはわかっているだよね。 だけど、やれていない。


 
肝心なのは、ここからが大事だってこと。



「巧くなりたい」のはだれか? それは「子どもたち」

「巧くさせたい」のはだれか? それは「コーチ」

「巧くなってほしい」と思うのはだれか? それは「親」



「巧くなってほしい」

と願う子どもたちの親ができること

それは...




「見守ること」


だけなんです。


でも「見守る」というと

我慢が強いられると思う方も多いようですが

確かにその通り。笑


だけど、

「ひょっとしたら巧くなるかも?」

っていう視点を変えてみてください。



そうすると自然に

「我慢」から「期待」という楽しみ

に変わるはずです。



保護者の方がイライラするもの

わからなくもありません。笑


でもやっている子どもたちからすると

「巧くなる」

というのは、そう簡単なものではありません。


できないことからやる気を失いかける時もあるし
自分のミスから逃げ出したい時もある。

それに手を抜きたい時だってあるし、
ごまかしてできてるふりをしたい時だってある。

ましてや行きたくないっていう時だってあるし
辞めたいって思う時だってある。



それでも「親」は

転んだ子供が自ら起き上がるのを

じっと手を出さず見守ることしかできないのです。



なぜならこういう時が

「学ぶ機会」であって「成長するキッカケ」だから。



子どもが成長するためには

『自分で頑張らなくてはいけない』

ということもあるのです。



そこで親が手を貸すと

せっかくの『子どもの成長する機会を奪う』

ことになるということも同時に理解してほしいんです。




という字をよーく見てください。

どんな漢字の組み合わせですか?(←テストに出ますよ~ 笑)



の上に
って
守るということ。


親が木の上に立つということは

子どもはどこにいますか?



そう!

地面にいるんです。



地面にいる子供に手は届かないし

何かあるたびに木から降りてというわけにいかない。


「見守る」ということをすることで
 
子どもの新たな一面に気づくこともあります。


子どもの頑張り

だらしなさや不甲斐なさ

気の強さや弱さ

子どもの心の葛藤や迷い...などなど



こういった子供の面を見るというとどんな気持ちになりますか?

想像してみてください。


ほとんどの親はあまりいい気持にならないでしょう。




でも僕ら指導者は違います。




全くできなくでもそれに挑んだという姿勢

もしくは

投げ出さずにやり続けたこと


など褒め讃える価値は十分にあります。



「え!? そんなこと.?」



って思うかもしれません。



見落としがちな小さなことでも

子どもたちにとっては

時には大きな自信になり

ある時には

大きなキッカケになる

ということも保護者の方には理解してほしいのです。



実際、子どもたちには

まだまだ伸びしろがあります。


その伸びしろを親自ら

「止めてしまっている」かもしれない

もしくは

「遮ってしまっている」かもしれない

さらには

「奪いつぶしている」かもしれない



と、考えてみたらどうなりますか?




「巧くなりたい!」

という自分の子どものために

親としてできること...それは...



「見守る」



というサポートを余すことなく

惜しみなく協力してあげることです。




コメント

人気の投稿