【Isto e Aquilo】++キャプテン翼のキッカケ++

まずはコチラを一読してみてください。

【大空翼はなぜ”修哲”じゃなくて”南葛”だったのか?】


巧くなるためには「強い」チームに所属すること。

一理としては、間違っていません。

翼のお母さんが切にそう願っているならば、そうさせたことでしょう。

でもそうはしなかった翼のサッカーを応援していなかったからではないんです。


お母さんは、翼の夢を応援している。

でも正確に言うならば、巧くなるためには「成長させてくれる」チームに所属すること。
親として、翼の夢を、サッカーをサポートするためにお母さんが考えたことそこに注目してほしいと思います。



本来親というのもは、子どもにキッカケを与え、成長を見守っていくもの。

しかし、スクールで指導していて思うのは、「見守る」こと「サポートする」ということをはき違えて、「親」としての特権を利用し、子どもの様々な成長する機会を奪っている親が実に多いということ。


『サポート』とは、「援助」ではなく「支援」。
「援助」・・・手助けることで応援していくこと
「支援」・・・支えることで応援していくこと


私たち指導者は、常に子どもたちの数年後の先を見据えながら今必要なことを指導しています。
その中には時間がかかるものもあります。
常に先を見据え、独り立ちできるよう、機会を捉え、様々な体験を施していく。
その体験が失敗に終わったものだとしても想定内。
その体験から変化を見守りし、成長を促していく。


我々指導者は、方向性を示したうえで、「助言(アドバイス)」と「激励」しかできません。
「助言」とは、言葉で助けていくしかできません。
転んで起き上がるのも、失敗して立ち上がるのも、指導者は手を差し伸べることしかできません。
差し伸べられた手に、自ら掴み立ち上がろうと、起き上がろうとするキッカケしか与えられません。

その手を差し伸べられ、起き上がり立ち上がれた子どもたちは何も感じ、学び得ることができるのか?




今の子どもたちは自ら知恵を絞り、答え探り、見つけ出す力がないように感じます。

その原因は、私たち大人が、答えを先に教えてしまうからです。

「正解」の答えを知ることより、「正解」を導き出すまでの過程のほうが最も重要だということ。

その過程を経験した子どもたちの方が、ずっとずっと成長し続けていきます。

間違うこともせず、正解かどうかも確かめることもしないまま答えを与えられた子供はどうなるでしょうか?

失敗をすることを恐れて行動しなくなります。



どちらの方か子どもにとって有益でしょうか?


今一度考えてみてはいかがでしょうか?

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