【 isto e aquilo 】 『コントロール』

『コントロール』


週末、スクールの教え子が複数チームに所属している
とある地域のサッカー大会を見に行ってきた。

サッカーに限らず、子どもの試合でよくあること。

試合コートの周りには、親たちがたくさん観戦に来ている。


とてもいいことだ。


だが、耳を澄ますとこんな声があちこちから聞こえてくる。

「あがれーっ!!」
「マークしろっ!!」
「今のはワンツーだろ!!」
「ボールを取りにいけ!!」


応援に来ているはずの親たちが、
『応援』という名の『指示』を子どもたちにしている。


これが大きな問題だ。


親たちが子どもたちをコントロールして、何とか勝たせようとする。

わからないでもない。

だがプレーしているのは、親ではない。
子どもたちだ。

そして、ゲームをコントロールしているのは、子どもたち自身。

ここで一つ...。
親たちが子どもたちに指示をしようとするなら、
疑問をもたないのだろうか?


試合でいいプレーするために、日々チームで練習をしている(はず)。

試合中、親たちが子供たちに指示をしてしまいたくなるというのは、
そこはチームで練習していないということではないだろうか?

という視点にたった場合、
『子どもたちが所属チームでちゃんと指導うけられているのか?』
疑問に思うべきではないだろうか?


親はあくまでも指導者でもなく、サッカーコーチでもない。


親は親なのだ。


選手を巧くするのはチームのコーチ。


親はあくまでも、子どもをサポートするだけ。


その立ち位置をわきまえれば、応援の仕方はかわってくるだろう。


PLAYER'S FIRST!!

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