2015/07/07

【isto e aquilo】++子どもの自立に向けて++

最近思うのは

『子供と親の関係』についてかな...。




何か論文みたいだ。笑




コーチとして、16年。

その内、指導料をもらって指導している期間は14年。


もうそんなに...長いな...




その間、子供を介して親たちと多く接してきた。

その中で、いくつもの共通点や相違点がある。


大きく二つに分けると、

「自立」と「持立」だ。



この二つには大きな違いがある。



「自立」...

自分で立つこと、立ち続けること、
転んでも立ち上がることができること。



「持立」...

自分で立てず、立とうともせず、
持って立たせるか、倒れないように持っていること。

※あくまでも自分の独断としての解釈。




もちろん、この二つでは行動の早さも断然違う。



親として、子供にどちらになってほしいのか?



そりゃ、当然だれでも「自立」を望んでいるだろう。



しかーし
「自立」できる子供は実際にはそれほど多くない。


何故だろうか...?


そこには、親が大きく関係している。


「持立」= 子供をダメにする親

「自立」= 子供を成長させる親



「自立」することは「自律」することから。


「自律」は
善し悪しの判断ができること。
善し悪しの判断が正確なものになるのには、
多くの経験や体験からその判断の正確性は高まっていく。


そして、最終的には自分の意思で決めること。

たとえその意思が間違っていたとしても、

やり直すことができる。



それが、自分の意思で決められず、

親がズバズバ決めてしまうことが多くある。



子供はまだ決められないって思うことは、

決して悪いことではない。



ただそう思う気持ちが強すぎるあまり

子供自身が判断する場や時間を親自身が奪ってしまっていることは

事実だということ。



それが子供自身の意思決定する力を妨げ、

自分では決められなくなってしまってる原因の一つ。



親から比べれば

子供は何においても経験値が少ないのは当然。



だからこそ間違うことは必ずある。



その間違いから経験することは

大きな成長をするきっかけになる。



親としては間違ってほしくないと想い

答えを先に教えてはいけない。



そして、「自立」と「持立」では

親と子供のコミュニケーションの取り方に

大きな違いがあることも事実。


「持立」は一方通行

「自立」はキャッチボール



子供がどう考え、どういう視点があるのか?



それをただただ質問して聞くだけで、

子供は自分で考えて話すようになる。




そして、「持立」と「自立」での違いは
「会話」できるかできないか。


「自立」する子供と親は
常に会って話をするし、子供を取り巻く人ともあって話をし、
意見を求めたり、相談したりすることができる。



「持立」する子供と親は、

その真逆になってしまう。



長くなってしまった...。


大事なことは会って話すこと。



そんな単純な事が最近薄れてきている気がするし、

それが人と人との関わりをも薄くなって

ちと寂しい気もするなぁ~って思った。

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