【 NOTA 】  トヨタカップに見るブラジルとの縁

トヨタカップに見るブラジルとの縁



さぁ、待ちに待ちこがれたトヨタカップがはじまる。

トヨタカップの歴史をよく見てみると意外なことがわかる。

それは、日本とブラジルの関係。
地球の裏側の距離以上にもっとディープなキズナというか縁で結ばれてようだ。
もちろん歴史上、移民というカタチではつながりはある。


それ以上にサッカーという視点で限定していえば、
いくつも面白い逸話がある。



トヨタカップで来日するブラジル人の多くは、その後も多く日本でプレーし、日本でタイトルを獲得している。

最近では日韓ワールドカップでブラジル代表が優勝したことが記憶に新しいだろう。

もうちょっと掘り下げてみようか。


例えば、ジーコ。
TOYOTA CUPという大会に変わり、日本で開催して2回目の年。
1981年に、ジーコが所属するフラメンゴが来日し、優勝した。
ジーコはその後、Jリーグ前に鹿島アントラーズの前身となる住友金属へ入団。
数年後、ナビスコカップのヴェルディとの決勝戦の場所
それはトヨタカップで優勝した思い出の地の国立競技場だった。
PKがヴェルディに与えられ納得のいかないジーコはボールにツバを吐き退場してしまった。
そんなこんなで日本代表監督になっていた。


そしてジーコがトヨタカップで優勝した11年後の1992年。
名将テレ・サンターナ率いるサンパウロFCがヨハンクライフ率いるFCバルセロナと対戦。
本命バルセロナを下し優勝したサンパウロのメンバーにいたのが、カフーとトニーニョ・セレーゾ。
その翌年の1993年、またも南米代表としてサンパウロFCが来日。
イタリアの名門ACミランを下し2連覇達成したメンバーにいたのが、カフーとトニーニョ・セレーゾはもちろん、レオナルドとジーニョだった。

そのトニーニョ・セレーゾはジーコと黄金のカルテットと呼ばれる世界最強の中盤の選手の1人としてワールドカップに出場している。
96年に選手を引退し、ブラジルの大学へ指導者資格の為入学。
そして、2000年に鹿島アントラーズの監督に就任。
就任1年目には、トヨタカップで2連覇した国立競技場でナビスコカップと天皇杯の2度タイトルを獲得し、監督個人としては2年連続Jリーグ監督賞も獲っている。


次にレオナルド。
ジーコがトヨタカップで優勝した6年後の1987年に、ジーコが所属していたフラメンゴで17歳でプロデビューした。
このつながりはあとに大きくさらに強くつながっていく。
トヨタカップ来日翌年の1994年アメリカW杯の前にジーコから鹿島アントラーズのオファーを受け入団し2年過ごす。


そして、カフー。
ベテランの域に入るが今もなお世界最高の右サイドバックとしてプレーしている。
2003年にはマリノス移籍の話が出たが、結果的に10年までにトヨタカップで破った宿敵ACミランと契約した。
そんなカフーは、Jリーグには所属してプレーはしていないが、日本に来るたびにタイトルを獲得している。
サンパウロFCで2回、ブラジル代表として日韓ワールドカップで1回。
で、ACミランが調整練習として使用している場所が契約まで行かなかったマリノスのグランド。
これの何かの深い縁があるんじゃないかと思ってしまう。
ま、優勝すれば日産スタジアムで代表チームとクラブチームの2度目の世界一のタイトルを獲ったことになるだろう。


まだまだいくぞ!!
次にジーニョ。
ジーニョもまたレオナルドと同じフラメンゴでレオナルドがデビューする1年前にプロデビューした。
93年にサンパウロFCで来日して、95年にはグレミオFCで来日すると、99年にはパルメイラスで来日した。
その時一緒にプレーしていたサンパイオとエヴァイールとともに横浜フリューゲルスに入団。
レオナルドとはブラジル代表でプレーした。


1997年にクルゼイロが来日した中に、ブラジル代表エースがいた。
それはベベット。
その後、トニーニョ・セレーゾが監督していた鹿島アントラーズでプレーした。
※実は仕事でベベットにインタビューしたことがあって...(プチ自慢話になってしまった)


今回来日するACミランにはカフーの他に、ロナウドがいる。
彼もまたレアルマドリードで来日し、ワールドカップで来日している。
ま、日本でプレーすることはないだろうが来ていることに何か縁があるのだろう。


最後に、FIFA公認の大会になってから最初の2005年大会。
来日したサンパウロFCの中に、Jリーグ発足前に読売サッカークラブのサテライトでプレーしていたアモローゾという選手がいた。
彼はその大会で優勝し、MVPになった。




トヨタカップという限定した中で見ただけでもこれだけの逸話がある。
Jリーグの中だけでもブラジル人選手が多くプレーしている。
Jリーグ前の日本リーグ時代でもそうだ。
ネルソン吉村、セルジオ越後、与那城ジョージなどなどまだまだいる。
ということはだ、日本のサッカーの歴史の中で、「ブラジル」との関係は切ってもきれない何か不思議な縁があるのかもしれない。

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